シンデレラボーイ

なおやのせかいさんぽと言いながら、中々さんぽせず、定職に就き、既にミュンヘン在住3年10か月となった。 

ホステルで働いていると色んなと出会うので、沢山面白いことや書きたいけど書けないネタもあるのだが、日常に埋もれてしまい長らくの間書ききれなかった。 

気づいたら今年一本も書いてないやないの、と思っていた矢先に久しぶりに書きたいなと思った出来事があったので綴っていきたいと思う。 
年の瀬で今年も色々な事がみなさんにあったと思うが、良いお年を迎えてくださいな。 

ホステルの受付で仕事をしていた僕はある日、1人の宿泊客から延泊を申し込まれた。 
インド系見た目と名前の60代後半、父親ぐらいの年齢で英語をゆっくりとやわらかに話し、シングルの部屋に泊まっている方だった。 

お支払いにも助けが必要なほど視力が弱い様で、大変やろなぁ。と感じたが、とてもソフトな印象で可愛らしい方だった。 

その時はいたって通常通り延泊を受け付け、お部屋に帰られた。 その翌々日、出社すると同じお客さんが僕の同僚と話をしていた。 

聴くところによると、スイスのチューリッヒ行きの電車に乗りたいけどホームの電光掲示板が読めないので電車まで連れて行ってほしい。とのことだった。 

うちの職場はミュンヘンの中央駅から歩いてすぐなのだが、基本的に受付に1人しかいないので駅まで連れていく事が難しい。と伝えると、「手伝ってくれればお金も渡す。」と言ってきた。 「でも実際難しいもんは難しい。」と伝えると、残念そうな様子でどうしようかなぁ。と言って部屋に帰っていった。 

その夜、また受付に来た彼は、僕に同じことを頼んできた。 僕は割と日頃から視力障がいの方には必要そうであればドイツ語でも頑張ってお手伝いの手を差し伸べることが多い。 
目が見えないというのは本当に大変なことだなといつも感じているからである。 

「なんとか明日連れてってくれないか?」という彼に、手伝ってあげたいが一緒に行くのは難しいので、「私は目が良くありません。スイス行きの電車まで連れて行ってくれませんか?」とドイツ語と英語で紙に書いてあげて、このメッセージを駅で道行く人に見せれば助けてくれるだろう。と提案した。 

彼は「なるほど、ありがとう。助かるよ。」といい部屋に戻っていった。 
戻り際にもまた、「一緒に連れて行ってくれたらお金払うよ。」と言っていた。 

翌日の夜。 パッとロビーを見ると、その彼がまたトコトコ歩いて受付にやってきた。 

(まだおるんかい!)と思った。 

駅行かなかったのかと尋ねると、彼曰く、駅では誰も手伝ってくれなかったという。 
駅の窓口でチケットは買えるがそこからが難しく、駅員も手伝ってくれないそうだ。 
なんとも世知辛い世の中である。 

彼はさらに3泊の延泊を申し込んだ。
電車のチケットは買ってあるのか。いつ出発する予定なのか。を尋ねると、「まだわからない。やはり助けが必要だ。」と言ってきた。

うーん。と思い予定を確認し3日後のシフトが早番の15時までだったので、「火曜日の15時以降なら手伝えるよ。」と言った。 
彼は嬉しそうに「本当か?本当に助かるよ。これで心配ごとが無くなった。あぁ、ありがとう。」と言った。
目の悪い彼に代わり、電車のチケットもオンラインで購入してあげた。 
彼は今時カードを持たず、現金しかなかったので、僕の個人のカードで支払い、その分現金で受け取った。 

彼の財布には中々まとまったお金が入っていた。 
「本当にお礼のお金を払うからね。3ミリオンユーロ払うよ。(3.8億円)あぁ、払えるさ。本当にありがとう。」と言った。 

(3ミリオン、、、??って言ったか、この人。)と思ったが、
「ハハハ、またまた。ビール一杯で十分です。」と僕は笑って答えて、彼は部屋に戻った。
 
戻り際にも「3ミリオンユーロ、本当だからね。」と言い残していった。 

(これは、、、もしやテレビのドキュメンタリーなんかで観る、超大富豪を助けてその代わりに資産の一部を分けてもらうような、まさかシンデレラボーイストーリーなのか。。)と頭をよぎった。 

 彼にはさらに優しくしてあげようと思った。 

 翌日の夜、また彼は受付に来た。 

改めて「本当に安心しているよ、ありがとう。火曜日帰れるんだね。」と言ってきた。 

「シフトあがりのついでだから問題ないよ。」と言うと、またお金の事を言い、さらには明日か明後日にポルトガルまで飛行機で連れてってくれないかと言ってきた。 

「いや、火曜日スイス行くチケット買ったやん。」というと、
「できるならポルトガルに行きたい。一緒にポルトガルに来てくれないか。僕は君にポルトガルの国会での仕事を与えることができる。月収で2万ユーロ(260万円)だよ。どうだい。移住しないか?」と聞いてきた。 

(2万ユーロ!)と思った。 
(ポルトガル暖かいしええな。)とも思った。 

 それ以上に思った。 
 (お前、だれ。何者?!) 

 もう聴かずにはおれん状況になった。 
「お金貰えたらうれしいし、ポルトガルも面白そうやけど、僕あなたの事知らないし、じゃあ行きます。とは言えないよ。あなたは何されてる方なの?」と尋ねた。 

聴くと、ミュンヘンにはある政党に寄付するために招待されたと言い、アメリカ、ヨーロッパに会社を持ち、ポルトガルではさらにパワーがあるといい、アメリカの政府高官とも親しいとのこと。 

 率直にまず思ったのが、(なんでそのような人が秘書の1人も従えずに困ってるんや。。) 

しかしお客さん相手に「嘘つけや、お前!」とも言えず、僕自身も絶対嘘とは言い切れなかった。 

なぜなら、支払いを手伝うときに彼のスイスのパスポートが見えた。 
スイス人ということには間違いない。 

ご存じの方も多いと思うが、スイスは世界一の高収入国家かつ物価も高い。 
世界中のお金が集まる国と言っても過言ではなく、インド系の彼がスイス国籍を有しているというのは、そういうことなのか。。?と疑惑を晴らしきれなかったのである。 

僕はポルトガルのオファーをやんわりと断り、残念そうな彼は「それでも電車に乗せてくれて、安心して出発することができれば、その5分後にお金送るからね。」と言ってくれた。

(しかし、どういう経緯でうちに泊まってるんやろか。)と思い顧客情報を確認すると、彼は約2週間前の夜中の1時に予約無しの飛び込みでチェックインしていた。 

しかもそのチェックインを受け付けした同僚はコロナにかかっており、その数日後から自宅隔離をしており、状況は把握していなかった。 

 その同僚に連絡をとり、彼がどうやってウチを見つけたのか聴くと、「知らんけど、なんで?」と返答。 
経緯を説明すると、「え?!まだ泊ってるん?!」と驚いた様子で、「夜中に入ってきて、目悪いし時間も遅いからよう覚えてる。」とのこと。 
 加えて「目見えへんから顧客帳簿を俺が書いたんやけど、チューリッヒにある老人ホームの住所言ってきてたで。」と送ってきた。 

ここで僕たちは2人同時にピンときた。 
これ、その老人ホーム連絡したほうがいいよな?? 

電話をすると夜勤の女性が電話にでて、彼の名前を伝えたとたんに「え?!彼そこにいるの?!2週間以上も帰ってこないから捜索願だしてたのよ!」とのこと。 

やはり。 年齢は若くとも、いわいる徘徊老人だった。 

僕はミリオネアになる最後の望みをと思い 
「あのー、彼は自分の言っていることは理解してますか?」と聞くと、女性は「すごくしっかりしているけど、自分はいくつもの会社を持っていて、権力もあるんだってずっと繰り返すのよ。そんなものはないんだけどねー。」とフランクに返答した。 

僕のシンデレラボーイストーリーが音を立てて崩れた。 

「そうですよねぇ。。。いやぁ、彼電車まで送ったら3ミリオンくれるっていうから、億万長者になれると思って楽しみにしてたんですけどねぇ。」というと、
「アハハー、ないない!」と軽快な答えが返ってきた。 

(そら僕みたいな人生、ビートたけしに紹介されるようなアンビリーバボーなことは起こらんわなぁ。)と電話を切った後に思った。 

捜索願が出されていたので警察に電話をし、いったん警察官がパトカーで保護したものの、また連れて帰ってきて、チューリッヒまで連れていく術がなく、買ったチケットで自力で帰るしかない。と告げた。 

むかついた僕は「結局、夜中に老人を振り回しただけやんけ。僕は責任を取れない。一筆書いて警察手帳みせてくれ。」と警官と言い合いをしている横で彼は、
「なぜ警察官は俺を連れてったんだ?犯罪者じゃないのに。」となぜ保護されたかも解っていない様子だが、穏やかな笑顔だったので、僕はトホホ。。といった所だった。 

老人ホームのスタッフも「彼にも出入りの自由があり、強制的にステイさせることができないので、連れ戻しができない。」と言い、チューリッヒの駅からは自分で帰ってこれるはずだから大丈夫よ。と言っていて安心した。 

約束の火曜日の仕事上がりに彼の部屋まで迎えに行き、駅まで向かった。 

道中でも「お金は電車が出発した5分後にすぐに送金するから。」と言っていた。 

もうお金が貰えない事はわかっているのである。 

それでも優しい僕は「食堂カーの近くの座席が良い」という彼の最後のリクエストを聞き、座席まで案内し握手をした。 

終始可愛らしい彼は、最後にも「お金は電車が出発したら送るからね。」と言い、僕は「わかったよ。ありがとうね。気を付けて帰るんだよ。」といい、去った。 

いかんせん僕は名前しか伝えておらず、彼は僕の口座情報も知らないので、待てど暮らせど僕の口座に3ミリオンユーロの入金を知らせる通知は無い。 

もし彼がそれほどの権力者であれば、「ホステルで働いているナオヤ」いう情報だけでお金を振り込むことも可能だったのかな。とボンヤリと考え、(あぁ、ポルトガル行かんでよかったなぁ。。)と思いながら家路についた。

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