ドイツでの参考にならない仕事の探し方

写真は特に関係ないけど、仕事する前はいつもこんな感じでダラダラしてた。



前回の内容のとおり、ワーキングホリデーのビザが取れた僕は仕事を探していた。


いかんせんドイツ語がほとんど話せない僕は、とりあえずどんな仕事でもええわ。

ゲストハウスをオープンする!という将来の為に、ホスピタリティーの仕事ができればなぁ。ぐらい簡単に考えていたものの、やっぱりできるならレセプションなどの身になるような仕事につければいいなぁと、やんわりとした夢を抱いていた。


簡単な考えと、やんわりすぎた夢の中、ペッという間に数ヶ月が経過していた。


ビザの残りも、あれよあれよと9ヶ月を切った7月ごろ。


1年もないビザで雇ってくれるところなんかあるんやろか。と少し焦りを覚えた。


覚えただけで、簡単に求人サイトをみては、また数日だらけるという日々を繰り返していたある日、街中のおしゃれなホステルの前をたまたま通ると、「清掃係募集」の張り紙があり、雰囲気も良さそうなので、(これは運命かもな。)と思い飛び込んだ。


すると受付の人が快く案内してくれ、担当者から電話連絡させます。との事やった。


その3分後に電話かかってきて、早速、明日からお試しで来れるか?とのことやった。


(おお!意外とうまくいくもんやなぁ。)と思いながら次の日の朝7時に、伝えられた系列のビジネスホテル風なホテルに向かった。


求人の張り紙をみたおしゃれなホステルではなかったので、研修だけここかなと思った。


愛想の良いマネージャーの女性に安心し、早速1人のおばちゃん清掃員に付いて1日の流れを学んでねとのことだったので、(よし。ここでいっちょ、清掃の極意を勉強しよう!)と意気込んだ。


しかしホテルのレベルもあってか、至って普通の掃除であり、特別なことはなく、鏡を拭いた布で備え付けのコップを拭いたので、ガッカリし、何でもいいと言いながら、ちょっとこれは学ぶ事もないんちゃうかと思いながら、3時間がたち、お昼休憩になった。


事務所に戻り、マネージャーの女性に勤務内容と条件について尋ねた。


するとどうだ。


勤務場所は例のホステルではなく、この至って中級のホテルとの事であった。


さらに今日から3日間はあくまでも研修で、本採用になっても3日間分はノーカウント。(違法)


そしてフルタイムだが、月の給与は最低賃金以下の約17万円。(違法)


と言われたので、割とノーと言えるタイプの日本人の僕は、「そうであれば辞めておきます。」と伝えた。


女性マネージャーはやや驚いた顔で、「もうあなた含んでシフト組みしてるんだけど。」と言っていたが、そのまま「いや、ちょっと思ってたのと違うので、失礼します。」と言ってその場を去った。


正直に言うと、DokiDokiしながら、荷物パパッと取って、サッと逃げた。


フリダシに戻るを引いた感覚だったが、行き当たりばったりだったのでダメージは少なく、早朝から起きて、ただ3時間を無駄にしただけで済んだ。


そして労働条件は初めに確認するべき。という事を学んだ。


そんな話をなんとなく両親にすると、父から「焦ったらあかん。ええことない。」と助言をもらった。


なるほど。と思った僕は、その言葉を都合よく解釈し、また数日怠けてしまった。


ダメな息子である。


改めて重い腰をあげ、次なる作戦にでた。


求人サイトに掲載されている宿泊業関係の仕事は、当然だがドイツ語必須やインターンと名乗ったワーホリ人を喰い物にしたような低賃金で悪徳なものが散見されたので、ホステルの宿泊検索サイトでミュンヘン中のホステルを探し、そこにメールを送る。という作戦にした。


送ったメールの内容はざっくりと、

・わたしは将来ゲストハウスを開きたい日本人だ。

・ホスピタリティーの分野で頑張りたい。

・ドイツ語はまだまだで勉強中だ。

・が、どんな仕事でもやってみたい。

というもので、履歴書をつけて片っ端から送りつけた。


トムにドイツ語に訳してもらう事もできたが、これが自分の実力なので、英語で送った。


結果的に、返事が無かったところがほとんどだったが、「今は募集していない。」や、「ドイツ語初級レベルが必要。」など丁寧に返事をくれるところもあった。


しかしそんな中、1件だけ「興味を持っていただきありがとうございます。現在働けるビザはありますか?」と連絡がきて、心の中で小躍りし、ワーホリビザを保有している事を伝えた。


すると、現在求人中との事で面接にこぎつけることができ、胸高まる思いだった。


サイト上の雰囲気も良く、中央駅からも近い。


(決まればいいなぁ。)という思いと、(そういえば、なんの職種に対しての面接に行くんやろ。明日判断されるんかな。)とまたしても中途半端な情報しかないまま、翌日に緊張しながらホステルに向かった。


ホステルに到着し、マネージャーの男性と女性の二人が登場し、握手を交わして面接になった。


最初ドイツ語で挨拶だけしたが、そのあとは英語で対応してくれたのでありがたく、2人ともニコニコ笑顔で職場の雰囲気も良さそうだなと感じつつも、疑い深い僕は、(こいつらニコニコしとるのは最初だけで、実はめっちゃ嫌な奴らやったらどないしよ。)と疑心暗鬼な気持ちを消せなかった。


これまで特に職場で、最初いい人やったのに、どんどん苦手になっていった人が少なからずいたからであり、同じ経験がある人も多いのではないかと推測する。


とにかく愛想のいい2人は、履歴書に目を通してくれていたので、「将来本当に宿を経営したいの?言うてるだけ?(笑)」や「どんなモチベーションなの?」という質問から、バックパッカー中に受けたよかったホスピタリティーは?という内容だった。


旅中に良かったなと思った事をひとつ紹介しておくと、インドネシアのギリトラワンガンという島に泊まった安宿で、夏の暑さと船旅で疲れたままチェックインしたのだが、従業員はみんな明るく、ウェルカーム!!という姿勢で、まぁまぁ座って座って!と促されては、お水を一杯提供してくれた。


これまでに無い、「歓迎!!」ムードにそれは嬉しい気持ちになり、たった一杯の水が、ホスピタリティーとして感動を体感させてくれた、と面接でも伝えた。


それ以外には、休みの日に何してるとか、なんでドイツに来たん?とかそんな感じの一般的な話をして、二人の和気藹々とした雰囲気から僕も、面接というよりかは初めて知りあった人と雑談してるというような感じだったというところでは、割と好感触か?と思っていた。


給与の面と、試用期間の3日間は本採用になったら、もちろんカウントしての勤務開始になるよ。という事を、こちらから聞く前に説明してくれたので、しっかりした会社なのかな。と印象を受けた。


終始英語だったので、「ドイツ語勉強する気はあるの?」と質問され、「そりゃもう!今も一応頑張ってます !」とアピールはしたものの、仕事の内容についての話をしないまま、だいたい30分ぐらい経過して、「ほんなら明日から早速、試しに来れる?」と聞かれた。


「あ、ありがとうございます!もちろん。頑張ります!」と答えた。


2人は、いやーよかった。よかった。という雰囲気で、僕もようやく緊張が溶けて、ほな帰ろうと席をたち出口に向かって一歩、二歩歩いたところで、重要な事を思い出した。


なんの仕事なん!


一旦、仕切り切った空気で、僕はヘラヘラと


「あのー、、、そういえば仕事って何の仕事内容なんでしょうか。ハウスキーピングでも何でもするってメールには書いたんですが。。。」というと、二人は何とも言えない絶妙に微妙な表情、漫画でいうと顔に縦線が入ったような苦笑いの表情で「え、レセプションじゃないの??」と言ってきた。


こっちが聞きたいんやけどと思いながら、加えて僕は、


「あのー、、、僕、ドイツ語話せないんですけど。。。」と言うと、男性マネージャーの方が「大丈夫!大丈夫!ドイツ人以外のお客さんも多いし、これからゆっくり勉強していったらええから!君のホスピタリティーの意気込みを買うよ!」と言ってくれた。


そんなもんなんか。。?


内心では(えっ?!?!マジかよ!自信ねーーー。。。)と思いながら、表では

「では頑張ります!」と答えてその場を去った。



僕は自分自身大したスキルもなく、外ヅラと要領の良さで、なんとなく人に助けられながら楽しい人生を過ごしてきたな。と常に実感している。


そして周りからもそれはよく言われては、それが僕の良さだと言われているのだが、またしても、僕の外ヅラと要領が勝利した瞬間ある。


思い描いていた目標の仕事の面接を、思いがけなく、そして楽々とクリアする事ができた。


自分で言っちゃうが、人間性の大勝利。


それに加えて、

仕事探すの面倒くさいなー。と思っていた期間があったから、

ブラック企業っぽかった1軒目のホテルの清掃の仕事をキッパリと断る事ができたから、

その他の色々な要因が重なり、このタイミングで面接に挑み、たまたま求人があり、採用してくれた。

今風に言うと「持ってるなぁ。」である。


「焦ったらアカン。ええことない。」という父からの助言を、文字通り実感した体験であった。

年配者の助言というものはあなどれないものである。


次回からいくつかホステルの仕事の話をお伝えしていきたいなと思うので、乞うご期待。 

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